九段理江『東京都同情塔』

第170回(2023年度後期)芥川賞候補作受賞作

本作はこのブログ発表時点では、まだ単行本が発売されていない。
1月17日の第170回芥川賞直木賞発表日に発売される予定である。
よって、私は初出の「新潮 2023年12月号」にて読み、書影は出版社のサイトからひっぱってきたことも併せて記したい。

九段理江さんの著作は2年前に芥川賞候補となった『Schoolgirl』を読んだことがある。よって、著者の作品は2年ぶりに読んだのだが、本作は『Schoolgirl』とはまったくちがう読了感があった。

なんか、もの凄い作品にめぐり合ってしまったかもしれない。
原稿用紙換算200枚の中編小説なので、昨夜一晩で読み終えたのだが、読了後もの凄い疲労感に襲われ、この読書ブログも書けずにそのまま寝てしまった。それほど内容が濃い作品だった。

まず、この小説の世界観は隈研吾設計の国立競技場ではなく、当初のザハ・ハディド設計の国立競技場が外苑の西に建っている。そして、計画通り2020年に東京オリンピックが行われた。コロナウイルスパンデミックを無視して開催したので多くの死者が出たとされる、もう一つの東京。いわゆるパラレルワールドだ。

「ザハの国立競技場が完成し、寛容論が浸透したもう一つの日本で、新しい刑務所『シンパシータワートーキョー』がが建てられることに。犯罪者に寛容になれない建築家・牧名は、仕事と信条の乖離に苦悩しながら、パワフルに未来を追求する。ゆるふわな言葉と実のない正義の関係を豊かなフロウで暴く、生成AI時代の予言の書。」(新潮社Webサイトより)

読み始めてこの小説はジョージ・オーウェル1984年』のようなディストピア小説かと思ったが、進めるうちに違うということかわかった。私の読みでは、この『東京都同情塔』のテーマは「言葉の崩壊の危機」と「多様性受容の限界」の警告だと思っている。

まずは言葉だが、本書の出だし文がバベルの塔の再現。」である。
「世界中は同じ言葉を使って、同じように話していた。(中略)彼らは『さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることのないようにしよう』と言った。/主は降って来て、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て、言われた。/『彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう。』(中略)/こういうわけで、この町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を混乱(バベル)させ、また、主がそこから彼らを全地に散らされたからである。」日本聖書協会, 新共同訳聖書, 旧約創世記第11章より

現代社会のあらゆる複雑な問題の渦に、シンパシータワートーキョーの設計コンペに挑戦する37歳の建築家・牧名沙羅が抱える仕事と信条の乖離、22歳のもう一人の一人称・東上拓人が抱える主体性の問題。そこにシンパシータワートーキョーの建設のきっかけである「ホモ・ミゼラビリス」を創唱した謎の人物マセキ・セトが絡んで、世界を東京から言語的に浄化していく…

このブログを書いている時点では、この作品が芥川賞を獲るかわからないが、受賞ならずでも読む価値のある力作であるのは間違いない。

追記
本作は第170回芥川賞を受賞した。

(新潮社「新潮 2023年12月号」)