二葉亭四迷『浮雲』

ネタバレあり!

誰もが題名だけは知っていて、読んだことがない本ランキングがあれば確実に上位に来るだろう二葉亭四迷の『浮雲

まずはじめに言っておくが、これまで読まなかったのを後悔するほど面白かった!

きっと高校生のときに習ったと思う。日本で最初の「言文一致」小説だと。「言文一致」がなにかわからなかったら森鴎外舞姫』を読んでもらいたい。あれは「言文不一致」で、きっと読みづらいと思う。

そもそも日本は明治30年くらいまで話し言葉と書き言葉が違っていた。それを改めようと話し言葉で書いた小説第1号がこの『浮雲』。明治20-22年発表の青春リアリズム小説。

坪内逍遥当世書生気質』(明治18ー19年)
二葉亭四迷浮雲』(明治20-22年)・・・言文一致
尾崎紅葉『二人比丘尼色懺悔』(明治22年
森鴎外舞姫』(明治23年
幸田露伴五重塔』(明治25年

上記は今でも容易に書籍にて手に入る明治20年代の小説だが、言文一致は『浮雲』のみ。30年代に入ってもほとんどが不一致だったことを考えれば画期的であるが…

やっぱり最初は読みづらく感じた。
その訳を考えてみると、当時の当て字のような漢字の使い方や講談調の語りがネックになっていると思われる。

この講談調というのが長谷川二葉亭(ああ、この通称を使ってみたかった)のポイント。

当時は国会が開かれる機運が高まり、速記を職としようと模索した人が多かったらしい。
しかしながらなかなか国会が開かれない。速記者は金が入ってこない。そこで寄席に行き、講談や落語の速記をし、本にして売った。講談師や噺家は連名で出版されるから自分のもとにも金が入ってくるし、寄席にも人が増えて喜ばれる始末。そんな講談本を多く出版していたのが、大日本報弁会講談社…これがいまの講談社。といってもこの会社ができるのは『浮雲』より20年後。

まあ、それは良い。今より136年前の文章だから仕方ないのだ。
歌舞伎や文楽能楽を観たことがある方ならわかると思うが、1時間も観てれば言葉に慣れてしまい、何を言っているのかわかるようになる。
よって『浮雲』も1時間耐え忍べばスラスラと読めてくる。

さて、この『浮雲』は役人をたったさっきクビになった(官吏の免職は当時はよくあったこと)内海文三という青年が主人公。ほかの登場人物は文三と同僚であった本田昇。彼は文三と違いゴマすりが得意な男。文三の下宿先の娘のお勢(いとこにあたる)とお勢の母であり叔母のお政。
(なお、文三の亡父の弟である叔父は横浜にて喫茶店をしており単身赴任中。小説には出てこない)

この登場人物をみるとなんとなくストーリーがわかると思う。きっとあなたが思っているストーリーであっている。

この当時の小説(戯作も同じく)の人物名はキャラクターの性格から名をつける風習があった。内海文三は内向きな性格。本田昇は上昇志向な性格。お勢は文明開化の世に生まれた新しき自我を持ち勢いある女性。お政は北条政子のような性格(ステレオタイプのね)。

さて、この小説、男女の三角関係となるのだが、三角関係と思っているのは4人中3人。文三と昇とお政であり、ヒロイン役のお勢はというと…実はそう思っていない。

結果的には小説の中でお勢は文三とも昇とも結婚はしない。しかし、文三は許嫁だと思っており、昇は自分のもとにくると踏んでおり、お政は免職した文三から昇のもとに嫁に出したいと思っているが、お勢は文三と昇をおもちゃ程度にしか思っていなく、天秤にすらかけずに小説は終わる。

それがこの小説の新しさだった。封建時代の慎ましい女性像から打って変わり、自我を持つ女性像。しかし、そのお勢もかなり困ったねえちゃんで、習い事もやりたいと言えばすぐに飽きる。まじめな(その頑固なまじめさにゆえクビになる)文三に顔を赤らめ、社交的で口八丁な昇にも顔を赤らめ、母お政とは喧嘩したと思ったら翌日には仲直り。

最後に…この小説でもっとも面白い場面は第1編・第5回「胸算違いから見一無法は難題」だろう。
免職となった文三に文句をぶちまけるお政の言いよう。もの凄い語彙数をつかって文三をけなしにけなしまくる。文三は散々文句を言われた後に自室でポタポタと涙をこぼすのだが、読んでいたらこっちも涙がポタポタと落ちそうになってしまうほどお政の言いようがすごかった。

これはぜひ読んでほしい!
現行の岩波文庫は校注がついてわかりやすくなっているのでおススメです!(私が20数年前に買って積読していたものは校注なしでしたので読めない漢字とかはGoogleレンズを使って調べました)

なお、『浮雲』というタイトルのもとは、序文代りの「浮雲はしがき」に書いてあります。「アラ無情始末にゆかぬ浮雲めが艶しき月の面影を思いがけなく閉じ込めて黒白も分からぬ烏夜玉のやみらみっちゃな小説ができしぞやとわれながら肝をつぶしてこの書の巻端に序するのものは」

岩波文庫 1997年 第67刷)